この人の名前は日本でも、聞いたことがある方もいらっしゃるかも知れませんし、聞いたことがない方も多いかと思います。
稀代のボールストライカーと呼ばれている人です。
独特のスイング理論を持ったかつてのPGAのツアープロで、86年、87年には、ツアーでの優勝もひとつずつ、通算2勝をt達成しています。
’86年のキャノン・サミー・デイビスJr.(現ハートフォード・オープン)と、’87年のMONYトーナメント・オブ・チャンピオンズ(現メルセデス・ベンツ・チャンピオンシップ)です。
wikipediaのページを参考リンクとして貼っておきますが、相当な変わり者だったようです。
Mac O’Grady
http://en.wikipedia.org/wiki/Mac_O'Grady
72年に21歳でプロ転向した後、クォリファイに17回も挑戦してようやくツアー・カードを手にしたと書いてあります。
非常に上手いプレイヤーで、理論派、トレビノのフォームでフェードを打ったり、当時強烈に強かったジョニー・ミラーのスイングや、ジャック・二クラスのスイングを再現できてしかもゲームで使うようなゴルファーだったそうなんですが、メンタルに感情をコントロールし切れない面がたたって、16回も失敗してしまったようですね。
ツアープロを引退した後に、豊富なスイング理論知識を活かしレッスン・プロとしても、とても有名な存在になりました。
このゴルフ・ダイジェストのスタック&ティルトのスイング理論について書かれている記事中で、ブッチ・ハーモンもマック・オグレイディが教えていたモラッド打法というスイング理論がベースになっていると証言しています。
↓
スタック&ティルト打法
日本語でもこんなことを書いている方が居らっしゃいました。
スイング論(99)~ メジャーの打法
ゴルフ・スイングには60,000点以上の変数がある、という彼の理論ですが、有名なところでは、スランプから立ち直ろうとしていたセべ・バレステロスがオグレイディの理論に心酔し、教えを請いました。二人の友人関係は非常に強いものになったそうです。
他にも、ビジェイ・シン、スティーブ・エルキントン、チップ・ベックといったところが、オグレイディのコーチを受けているそうです。
もっとも、例えばセベとは大きな穴を掘って胸まで埋まり、悪いものを埋め去る儀式をやったり、「ボールは生きている。それぞれボールごとに性格も違うし、意識もあるし、魂も宿っているんだ。」と言ってみたり、かなりオカルトチックな面も持ち合わせていたようですが。
自分が思ったままを口にするのも有名で、当時のコミッショナーとずいぶんやりあった逸話がいくつも残っています。
元々の本名は、フィル・マッグレノだったのを、フィリップ・マクリーランド・オグレイディと正式に改名し、後にマック・オグレイディと改名したのだそうです。
本人の説明では、自分には多分に多重人格的なところがあり、その人格に合わせて変えたのだ、ということなのだそうです。
オグレイディはいわゆる両手利きで、主に右でプロとしてプレーして居ましたが、左打ちでもスクラッチ・プレイヤーの腕前だったということで、ある時にUSGAに対して、右打ちのマック・オグレイディ I の他に、左打ちのマック・オグレイディ II をアマチュア・ゴルファーとして登録するように要請したのだそうです。
ツアーに出場している最中にはよく、右打ちでプレーしていてグリーン上でパットするときには左打ち、ということをやっていたらしいです。
本人いわく、左で打つと、カッとしやすい人格が穏やかになって冷静にプレーできるらしい。
これからマック・オグレイディ II として全部左でプレーするからクオリファイに再挑戦させて欲しい、ということだったらしいのですが、いまだに正式には返答をもらっていない、と主張しています。
そんなオグレイディが、58歳になった今年、レギュラーツアー復帰に向けて動き出した、という記事が今年になって書かれていました。
まずはシニアツアーに出ている友人のバッグを担いでキャディーとして姿を現したらしいです。
「O’Grady carries the bag but dreams of swinging the clubs」
マック・オグレイディのスイング写真
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